四十として、不安っぱなしのあたしが今までの一生といった、やがて先半の一生を考えた

四十を飛び越し、二人の子供たちも人間中学生、高校生に進学しました。これまでは、養育中心のくらしでしたが、子供達は練習という部活、休日は周辺って遊んだりといった、民家におる暇が極端に少なくなり、俺は自らいらっしゃる暇が多くなりました。これまでのライフ、いろんな事がありましたが、ブライダル、分娩は俺にとりまして独力を180度変えて仕舞うような一大事でした。世帯を持って、女性として、マミーとして、恋人や子供達が恥ずかしい意識をしないようなヒトにならなければと考え、生来、いいかげん、大ざっぱ、男勝りな俺でしたが、外では、世帯の健康管理、家事、ご近所付き合い、奥さん仲間社交等々をかしこくこなしていくことばかりを優先して、自分らしく生きれてなかったような気がします。けれども、どんなに独力を装っても理想の女性、マミーにはなれないわけで、益々言うと、なりたくも乏しいかもしれないわけで。自分が何をしたいのか、どうなりたいのかも分からなくなっていました。それでも近頃、養育も安息客観的に近所を見渡せるようになってくると、無理して頑張っているクライアント、自然体で無理なく出来る範囲で頑張っているクライアントを冷静に見えるようになりました。そうすると、自然体で頑張っているクライアントはとでも楽しそうだし好感が持てるんです。無理して頑張っているクライアントはやっぱり押し付けがましく感じます。それが見えてきた時、あぁ、俺は今まで頑張っている俺を誰かに認めてもらいたくて独力を装っていたのだろうなと思いました。世帯につきと思いながらやってきたことは自分が認めてもらいたかっただけだったのです。それがわかった時、これからのライフは好きに生きようと思いました。やりたい事は始める、したくないことはなるたけ断ち切る。人付き合いもいい加減に。恋愛って会って、嫌いな人とは極力会わない。けれども、会ってしまったら笑顔で会釈。これで良い。これが良いんだと思います。剰余なかばのライフ、俺らしく後悔しないおかしいライフを送ります。くまを治す方法や原因について解説